玉 襷(たまだすき)  
     02年8月11日 京都新聞                越水利江子


 
酷暑の夏。
 立っているだけで目眩がする日中、玉の汗を浮かべ獅子奮迅の働きをする人たちがいる。
関西圏では最大規模の児童文学の催し「西日本児童文芸のつどい2002」(開催日10月13日)のボランティアの実行委員の人たちである。
様々な職業をこなしつつ、寸暇を惜しんでの企画会議、各方面への呼びかけ、申込締切を迎える八月は、殺到する参加希望の受付と玉襷の働きである。
一昨年は高槻市で三百人を超える集会となった。
今年は茨木市で、午前の記念講演に
『野心あらためず』『12歳たちの伝説』など反骨骨太の作家、後藤竜二さんを迎える。
午後はファンタジー作家の富安陽子、浜たかや、芝田勝茂三氏のほか、全体で九氏の現役作家を招く。
 作品を持ち寄り作家のアドバイスを受ける実作分科会、作家と読者の対話の場シンポジウムと盛り沢山。
 西日本、年に一度の祝祭だが、このたった一日を準備するのに、ボランティアの実行委員はほとんど一年を費やしてきた。

 こどもが本を読まない、本が売れないと嘆くのはたやすい。
だが、そこからは何も生まれない。
版元は良質の本より売れる本を出したがる。
書店は児童書売り場をどんどん縮小する。
そこには文化を支える職業としての誇りや責任は感じられない。
 その失われた責任感、誇りを保ち続けているのは、実はプロよりアマチュアの人なのだ。
読み聞かせの会、文庫やこどもの文化活動、点訳朗読の会。どれも、本が売れたとて我が身が潤うわけではない会社員や主婦の人たちが中軸を担っている。
中で、視力障害者の朗読ボランティアの方がこうおっしゃった。
「童話や小説の朗読は、やはりプロの俳優さんの声で聞かせてあげたい。私たちアマチュアは実用書やカタログの朗読など、必要なのに誰もやりたがらない仕事こそ担いたい」と。
 真摯に頭が下がった。彼らこそボランティアのプロである。
 こういう人たちに児童文学界も支えられている。いや、狭い業界だけではない。社会全体がこういった建設的な良心に支えられているとも思う。

 ポリシーのない金儲け主義は、日本の自然も文化も誇りさえも破壊しつくしてきた。
こどもから文化を取り上げておいて、若者の浮薄を嘆いても仕方がない。
文化も誇りも一朝一夕では身に付かないのだ。 
 (童話作家)