(C)風雲童話城 2001-2010 ALL RIGHTS RESERVED.



壁向こうの国             越水利江子



 私は京の東山で育った。
 鴨川があり疎水があり、東福寺や泉涌寺など古刹を有する山々があった。
 養父の家は、路地のどんつき(京言葉でいう袋小路のいきどまり)にあり、家裏には細長い蔵のような物入れがあった。 
その小さな高窓からは、薄陽が射し、外からの人声や物音が漏れ聞こえた。
どうやら壁一枚向こうは、見知らぬどこかへつながっているのだが、それはどこなのか、さっぱり見当がつかない。
この頃、京の路地は入り組んだパズルのようだった。
 高窓からは、日々、間遠い赤ん坊の泣き声や挨拶の声、水をまく音、車輪のきしみ、それに何やらパタンパタンという物音も聞こえた。
 もらいっ子のせいか、私は夢見る子どもだった。
いつも、遠いどこかで、誰かが自分を呼んでいるような気がしていた。
蔵の壁向こうが、その誰かがいる別世界にも思えた。 
ある日、窓から子どもの声が聞こえてきた。
小学生らしい男の子の声。
「りえちゃん、泣かんとき。な、泣かんとき…」と声はいっていた。
幼い兄が妹をなぐさめているようだった。
それにしても、りえちゃんは私と同じ名前。
あっちの世界にもりえちゃんがいて、その子には兄がいる。
そう思うと、憧れで胸が痛くなった。
 兄弟姉妹の多い路地裏では、一人っ子はとかく不利だ。
兄弟喧嘩はしても、何かの折には一致団結するのが兄弟。
皆で遊んでいても、仲違いしても、一人っ子はいつも力負けした。
私も強くて優しい兄がほしかった。
 私はすぐに近辺の路地をくまなく探索した。
だが、どの路地も浅い袋小路ですぐ進めなくなった。
探すうち、いつしか町内を出てしまった。
 あきらめかけた時、道端に停車していたトラックが急発進した。
車の去ったそのあとに、見たことのない路地がぽっかり口を開けていた。
 私はどきどきして路地に入った。
古い家並みの路地は深く切れ込み、折れ曲がり、枝分かれしていた。
行きつ戻りつして、ようやくどんつきに辿りついた時には、夕風が吹き始めていた。
 通りかかった家から、パタンパタンという音が聞こえた。
覚えのある音。 
その家の虫籠窓をそっとのぞくと、若い女の人が機を織っていた。
女の人と織り機の向こうには明るい坪庭が見え、真っ赤な鶏頭の花が、夕方の光と風に揺れていた。
「ここや…」
私はついに来たと思った。
私ではないりえちゃんとお兄ちゃんが住んでいる別世界。
 いや、この路地のどこかに、離れ離れになった自分の兄がいるような気さえした。
「おにいちゃあ〜ん」と呼んでみたくなり、その想像に瞼が熱くなった。 
ふいに、どんつきの板塀の向こうから
「おい、ここにないぞ。どこやった!?」
という声がした。
まぎれもなく養父の声。
「そんなん知らんがな」と養母の声。
どちらも日常の遠慮会釈のない声色。
いつ仕事から帰ったのか、物入れをさぐって、ぶつくさいっている養父の姿が浮かんだ。
 とたんに、私の想像はひゅんと消えた。
振り返ると、そこには、見慣れた京の路地の暮らしがあるだけだった。
                            (こしみず・りえこ 童話作家)
                             
2001/7/8 新聞掲載稿